細身のスチールフレームと、トップチューブに入れられた「tokyobike」のささやかなロゴ。トーキョーバイク( http://www.tokyobike.com/ )は2000年代、少なくとも東京の街中においてスポーツバイクを広めた立役者と言えるブランドのひとつでしょう。その登場から12年、トーキョーバイクは静かにランナップを充実させ、ユーザーを増やし、すっかり街に根付いています。
■街には街の自転車を
地下鉄千代田線の千駄木駅から谷中霊園に向かって坂を上がった先に、トーキョーバイクの直営店「tokyobike gallery 谷中」があります。以前は根津駅近くのビルにショップを構えていましたが、昨年、古い酒屋さんの建物に移転オープンをしました。今回はこのtokyobike gallery 谷中をたずね、トーキョーバイクのプロデューサー・金井一郎さんにお話を伺いました。
「山を走るのがマウンテンバイク、東京を走るのがトーキョーバイク」。これは、金井さんがトーキョーバイクを立ち上げたきっかけを説明する際によく話すことばです。金井さんは「実は自転車のアイディアよりも、“東京を走るのがトーキョーバイク”というフレーズが先に出てきたんです」と話します。Webサイトにも、こんなふうに書かれています。
『トーキョーバイクはそのネーミングを思いついたときから全てが始まりました。山を走るのが「マウンテンバイク」なら、東京を走るのが「トーキョーバイク」だと。私たちが思い描いたのは、トーキョーバイクに乗る人々の楽しそうな笑顔でした。』
もともと、自転車メーカーのWebサイトを制作や、スポーツアパレルの営業といった仕事に携わっていた金井さん。90年代末、自身も街中の移動にMTBを使っていました。当時はクロスバイクと呼ばれるものは広まっておらず、ロードバイクブームなども無く、流行のスポーツ車と言えばMTBでした。
「スポーティーなMTBなら、ギヤもたくさんついているし、街中でも軽快に走れるのではないか……と期待していたのですが、実際に走ってみると、少し重たかったり、ブロックタイヤの抵抗が大きかったりと、意外と走りづらい。街には街のコミューターがあったらいいのではないかと思いました。そしてふと、“東京を走るのがトーキョーバイク”という言葉が出てきたんです」
そんな考えからトーキョーバイクが生まれたのは2002年。「はじめてスポーツバイクに乗る人に新しい驚きを与えること」「乗りやすいこと」「ちょうどよい価格で手を出しやすいこと」を重視し、金井さん自らジオメトリーを考え、パーツスペックにこだわり、価格にもチャレンジしながら、トーキョーバイクを開発しました。
いちばん最初に登場したのは、「漕ぎ出しが軽くて、意識しなくとも良く進む」ことを重視して650Cタイヤを採用したモデル。これが瞬く間に人気モデルとなりました。そして今では、26インチモデルやスタッガードモデル、シングルスピード、そして20インチの小径車と、少しずつですがラインナップを増やしています。
■谷中は自分らしさを取り戻せる街
さて、今回私がトーキョーバイクを取材しようと思ったのは、やはり「tokyobike gallery 谷中」が気になったからです。ご存知のとおりトーキョーバイクの販路は、リアル店舗では「東急ハンズ」や「オッシュマンズ」、一般の自転車店、そしてトーキョーバイク自身によるインターネット通販がメインです。そんなトーキョーバイクが、谷中に自らお店を構える意味はどこにあるのでしょう。
「当初は、同じ谷中でも今とは別の場所(となりの根津駅近く)にオフィス兼ショールームを構えていました。最初から谷中でやろうと思っていたわけではなく、どこでも良かったのですが、どうせやるなら好きな街が良いだろう、と。谷中は、自分のペースで肩の力を抜いて暮らしている人が多いんです。都心部なのに緑が多くて空も広い。時間の流れが、他の街とは少し違うと感じますね。自由でクリエイティブな人が多い街でもあると思います。自分らしい時間を取り戻すことができる、新しい“都会の生活”が手に入る街ではないでしょうか」
後に、実際に販売や修理を手がけるショップへリニューアルオープンし、2013年には現在地に移転します。移転先の物件は、築80年を超える老舗酒屋の木造建築でした。ちょうど酒屋さんが移転するのに伴い、借りることができたそうです。
「おかげさまで販売店も増えていますが、やはり、自分たちでトーキョーバイクというものを伝える場所が必要でした。ただ自転車を売る場所ということではなく、このお店にきて買い物をしていただく楽しみ、接客サービスなども含めて、トーキョーバイクをトーキョーバイクらしく、伝えたかったんです」
トーキョーバイクをトーキョーバイクらしく……では、トーキョーバイクらしさって何だろう?と思いを巡らしていると、金井さんがこんなふうに話してくれました。
「お客さんから、“トーキョーバイクに乗ることで生活のスタイルが変わった”と言っていただくことが、いちばんうれしいですね」
そう、トーキョーバイクはA地点からB地点まで速く移動するための自転車ではありません(もちろん、このテの自転車としてはなかなか速いんですけど)。
「満員電車に押し込められたり、クルマで渋滞にイライラしたりというのとは違う、自転車があることによって実現する新しい生活スタイルや、私たちが経験から得たものを提案し、買って頂くというのが、トーキョーバイクのやり方です」
トラディショナルなルックスでありながら、乗り手に新しい経験を提供するトーキョーバイク。その「らしさ」を伝える上で、先ほど金井さんが言っていたような個性を持つ「古くて新しい」谷中の街は、ぴったりなのかもしれません。
■これからユーザーになる人も、これまでのユーザーも。
「tokyobike gallery 谷中」では、トーキョーバイクの全ラインアップが揃っています。そして、全車種全サイズを試乗できるというのも特徴です。さらに、他店で購入したトーキョーバイクを持ち込んで、メンテナンスや修理を依頼することもできます。金井さんは「選択の自由と言う意味で通販も行っていますが、もし購入後に困っている人がいたら、ぜひ持ってきてほしいです」と話します。
また、自転車本体だけではなく、自転車に乗るのが楽しくなるパーツ&アクセサリーも充実。トーキョーバイクをより自分好みにカスタムすることも可能です。これからトーキョーバイクが欲しいと言う人はもちろん、すでにトーキョーバイクに乗っている人にとっても魅力的な場所です。
「tokyobike gallery 谷中」ではレンタルバイクも提供しているので、谷根千さんぽのお供にトーキョーバイクなんていうのも、良いでしょう。
2013年2月には、高円寺に「tokyobike shop 高円寺」が、そして2014年7月11日には「tokyobike shop 中目黒」がオープンしました。高円寺や中目黒という土地が選ばれた理由について金井さんは「トーキョーバイクと感性が合う街」、そして「トーキョーバイクのユーザーが多い街であること」を挙げます。
「何年か前にトーキョーバイクを買ったけど、最近は乗ってなくてチェーンもすっかり錆びて……という方が、また乗りたくなったときに、持ってきていただけるようなお店にしたいと思っています。せっかく買って頂いたトーキョーバイクですから、できるだけ長く乗ってほしいのです」
中目黒の直営店は、目黒銀座商店街の奥と言う、これまた渋い立地です。中目黒近辺の人はもちろん、世田谷区からのアクセスもばっちり。三軒茶屋あたりから、蛇崩川緑道経由でのんびり流してアクセスするのも良さそうです。
東京の街に住んでいて、スポーツサイクルでちょっと生活を変えてみたいと思っている人、そして、すでにロードバイク等にハマッているけれど、1周回ってちょっとイイ街乗り自転車が欲しい……という人も、いちどトーキョーバイクの直営店を覗いてみてはいかがでしょう。
■26インチの人気モデル「TOKYOBIKE 26」
スポーティーさと街中での使いやすさのバランスを考え、650Cでスタートしたトーキョーバイクですが、現在ではより扱いやすいスペックとした26インチモデルも用意。タイヤやチューブの入手性に優れる26インチ、しかもチューブのバルブはあえてママチャリと同じ英式にしてあるので、街中の自転車店や、駐輪場に設置されているような空気入れが使えます。
シンプルなデザインのフレームはフルクロモリ。フロントギアは42Tのシングルで、リアは11-32Tの8速となっています。リア32Tという大き目のギアがあるので、谷中周辺の坂のある地形でも、クルクル回してのんびり走れば大丈夫。26×1.15HEという太すぎず細すぎないタイヤを履き、そしてMサイズで11.4kgとなかなか軽いこともあり、平地では快走感が心地よい味わえます。
試乗前に金井さんに「がんばる自転車じゃないんで、ゆっくり行ってください(笑)」と言われましたが、踏んでもなかなか楽しいです(笑)
S(47cm)/M(53cm)/L(57cm)の3サイズを用意、価格は59,000円(8%税込)です。
■海外にも広がるトーキョーバイク
以前「パリにトーキョーバイクを持ち込んで走ってみたら、とても楽しかった」と話す金井さん。「トーキョーバイクが似合う街は、海外にもあるはず」「感性が会う人とならパートナーシップを組めるのでは」と考えました。そして「ミラノサローネ」の関連イベントに出展したところ、海外の企業から声がかかったそうです。
ロンドンを皮切りに、ベルリン、ミラノ、シンガポール、バンコク、シドニー、メルボルンに展開。ニューヨークにも期間限定ショップがオープンしています。
取材協力、店内&車両Photo提供:トーキョーバイク
http://www.tokyobike.com/
(Gen SUGAI)
須貝 弦(すがい・げん):1975年東京都新宿区生まれ、川崎市麻生区在住。雑誌原稿の編集・取材・執筆の他、企業Webサイトやオフィシャルブログの制作にも携わる。自転車と小田急ロマンスカーが好き。初めてのスポーツ自転車は1986年あたりのアラヤ・マディフォックス。2001年頃にGTのクロスバイクで数年ぶりにスポーツ自転車に復帰。現在のメインの愛車はアルミのロードバイク「TREK Domane AL3 DISC」。